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ピアノ練習したからって

いちいちブログに書くのかっ!!
そんなに、普段は練習してないのかっ!!!
とまず自分でつっこんでおいて。
まあそうなんですよ。練習時間が減ってるのは事実なので。
でも前よりよく弾けるけどね。

今度の日曜日に,ピアノを弾きます。
ベーゼンドルファー弾くんだ〜♪
曲はバッハです。また、編曲ものです。
鍵盤作品でないものばっかり、弾いてるなあ。

もう日にちがそうないわけです。今日木曜日ですもんね。
なのですが、自分ではまだ、練習不十分だなあ、どうしよう、と思ってしまう。
(いやいつもそう言ってないか?)
そんなとき今までは、「とにかく回数、とにかく少しずつテンポ速くして・・・」
と、その程度の考えで,演奏をはじめてましたが
それではまったく、具体的なプランじゃない!!

もうちょっと考えましょう。うん。
具体的には〜〜
どれくらいできるか、まずやってみるか。
一度,本番想定で弾いてみよう。
おじぎして〜座って〜
演奏開始。
終了。
思ったよりできるなあ。ミスはあるけど。

組曲4曲のうち、2と3はいいんだよね。
1曲目、はじまりいいんだけど、なんとなく響ききれいかな、程度で弾いてるかなあ。
4曲目,やっぱり速さがなあ。とにかく速く、だけだこれじゃ。

というわけで
ちょっと考えて
一度,ていねいに各パート聴きながら弾いてみようか。
あと構成をもう少し確認しつつ。を1回やって。

正直,「ゆっくりやるよりテンポ上げて,回数こなした方がいいんじゃない?」
という声も自分のなかにはありましたが
やりはじめてみると、音の聴こえ方がだんだん違ってきた。

こういうパートもあったのね〜。
そうか、こういうフレーズにも聴こえるか〜。
とか。

今までのノープラン「とにかく弾く」では、
回数を重ねることで慣れてくる、という側面は確かにありますが、
「これでいいのか一抹の不安がひそんだまま弾き続ける」ことで、
ピアノ弾くときはもれなく不安になるように、習慣づけてたわけですよ。

子供のときからの練習は,ほぼそれでしたね。
もちろん考えて部分練習したり、いろいろな工夫はするんだけど、
基本「まぐれあたり」を期待している感じで,
上達したかったらたくさん弾くしかない。

たくさん弾けば上達はしますよ確かに。
だけど、不安なまま、「一体どれくらいやれば、十分なんだろう」と思いながら、
弾き続けるのは,実は音楽にとってとても不健全でしょ。

今日の実験では「音を聴きながら弾けるようにやってみる」ことで
音楽の魅力の再発見ができて、弾きながら「あ、ここがこんなふうに聴こえるのもいいな」
という宝探しができました。
不安を探しながらよりは、ずっと健全でしょ。


終わってみたら,本番に向けて、もっと気持ちが前向きになってました。
本番は楽譜を見て弾くので、ちょっと楽譜をデコりたくなった。
天使のシールで、構成の目印つけてみた。
かわいい。

ダメだしの書き込みより、これのがいいや。

明日も弾いてみます。
靴もはこうかな。

たぶん靴履くと,お辞儀でまたヨロヨロする。
練習しとこう。
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by e-t-pf | 2015-07-30 23:12 | 自分のレッスン | Trackback | Comments(0)  

なんだかツボに・・・

小学生の生徒さん。2年生です。
2年生としては、小さいかな?きゃしゃな体格です。

だから、というわけではないと思いますが、
ピアノを弾いていると,上体が前に丸く、緩んできます。
いわゆる「だらっと」した感じ。
今日も弾いている途中で、そうなりました。

う〜ん、どうしようかな〜。
いつもだと、そういう姿勢はよくないから直したい,と思って
「頭を高く」とか、「まっすぐ」とか、いろいろ言葉を考えて言ってみたりするのですが

今日は,生徒さんがそうなったときに,私も同じようにしてみて、
「今こうなってるよ」と言ってみました。
でも「注意」ではなかった。ただ自分を同じような形にしてみた。
すると、自分の中でいつもとは違う考えが浮かびました。

「まあでも、こう(だらっと)なってても、ピアノは弾けるよね。」
「うん・・・」生徒さんは不思議そうです。
たぶん家や学校でも「姿勢よくしなさい」みたいなことは言われてるのでしょう。
「また、それかな〜」みたいな表情です。
そうか、けっこう注意されてて、自分でも「何とかした方がいいのかな〜」、
と思ってるのかもしれない。

「試しに、これ(だらっ)で弾いてみようか」
「うん」
ちょっと弾いてみると
生徒さんが、笑い始めて、手が止まってしまいました。
生徒さんは,笑いつつも、なんとか押さえてもう一度弾こうとしますが
手を鍵盤にのせると,おかしくてしょうがない。
どうしても、弾けませんでした。
ツボにハマっちゃった状態。

生徒さんの中で,何が起こったんでしょう。
わかりませんが、
いつものように、姿勢を直される、というのとは
違う体験になったのはまちがいないです。

自分の中でも,生徒さんの弾くときの姿勢について,
ちょっと新しい考え方ができるようになるかも。

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by e-t-pf | 2015-07-24 22:17 | こどものレッスン | Trackback | Comments(0)  

門前の小僧に習わぬ経を聴かせる授業

今日、小学生の生徒さんのレッスンで。
自信がない部分を弾くときに、
・上半身の力が抜けてお腹から丸くなり
・楽譜に顔を近づけ
・力が抜けた指で
・小さな音で
弾いていました。

ゆっくりと、大きな音で弾いてもらうために
小さい声でしゃべるとか、早口言葉とか、いろいろな例を話していると,
学校の先生で、声の大きい先生がいて,
自分のクラスで違う科目の授業をしているときに、
となりから、その先生の声が聴こえてくる、という話をしてくれました。

「その先生の声が聴こえてくると,ついそっちを聴いちゃう。
そうすると内容が頭に残る。いい予習になってるかも」
と言っていました。

自分でそう話しながら,
小さな声で話す先生と、大きな声で話す先生の授業のことを思い出し,
私に話すことで、新たな角度から,授業について考えたようです。

そして、大きな音でゆっくり弾く,という練習を、改めてやってくれました。
(さっきとは、身体の状態も変わっていました)
弾き終わると
「ああ、指を使った感じがする。大きい音で弾くと、なんだか自信が出た気がする」
と言っていました。

そして「学校の勉強より,ずっといろいろ勉強できた気がする」
えっ!!うれしいですね〜〜〜〜!!

でも私は、あまりしゃべってなかったような。
相づちぐらいしか打ってない?
大きい音で弾くことについて、言おうとして・・・
早口言葉をやってたような。そして言えないで練習してたような。
なにやってたんだろう。

でも、生徒さんは自分でどんどん考えを広げていたなあ。

あかまきがみあおまきがみきまきがみ
うわ〜ひらがなで書いてあると,読めない。
これじゃ言えるわけないな。

・・・ゆっくり大きい声で言うんだよね。
教えた,というより、勝手に学んでいただいたレッスンでした。
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by e-t-pf | 2015-07-20 22:57 | こどものレッスン | Trackback | Comments(0)  

決断する人の存在感

今日は、まだピアノをはじめて数ヶ月の生徒さんのレッスンでした。

保育について学んでいるので,ピアノが必修なのです。
ピアノが好き、音楽が好きだから、という動機ではない。
だけど学校で、ピアノの試験に受かる必要があるのです。

なので熱心だし真剣です。
苦労しつつも、上達してきています。

今取り組んでいる曲は、ピアノのいろいろな演奏技術が入った曲です。
「楽譜見ただけで、まだ何もしてません。何すればいいかわからない」
難しい楽譜を前に、途方にくれていました。

今日は,苦労しそうなところにしぼってレッスンしました。
弾き方、練習の仕方を伝え,実際にやってみてもらって、
家で練習する場合の注意点を確認しました。

ポイントの1つにどの指を使って弾くか、という「運指」の問題がありました。
なぜ運指が問題になるのか、運指についてどう考えるか。

まず「運指は基本的に本人の自由である」ことを確認してから,
ある運指がこの曲では効率的であることと、
今はやりにくく感じる運指をあえて使うことのメリットの1つとして、
将来のために指を動かす訓練になる、ということを
実際に体験して理解してもらいました。

一度のレッスンで理解できるものでは、もちろんありません。
でも、何かは理解してくれたようでした。
顔つきが変わったのです。

今までは,とにかく言われたことをやるだけの受け身だったので、
なんとなくぼんやりして見えていたのが、
明らかに、表情というか目つきが変わったのです。

そして「今日はこれでいきます、きっとこれがいい。」
と自分で言って、「やりにくい」と言っていた運指に決めたのです。
今までもレッスンの中で自分で選択する、というシーンはあったのですが、
こんなにはっきりと「決めた」ことはありませんでした。

自分で考えて決めるときとそうでないときって、こんなに違って見えるんだ。
なんか頼もしいなあ。ちょっとびっくりしました。

運指だけでなく、「練習の方法」も,基本的には本人の自由です。
でも、考えずに「とにかく弾き続ける」練習は、
「自分は弾けていない」ことをいちいち確認しているだけになってしまいます。
間違えて、すぐに同じようにやり直す、というのは、そういうことです。

間違えることは構わないのですが,問題は
それによって必要以上に不快感を味わってしまうことです。
それは、表現を制限してしまったり、指を動かなくしたり,
人前で演奏する時にあがってしまうことにつながります。

練習を見直すことで,そういった問題を予防できるかもしれません。

今日は、運指について詳しく考えたことで,
練習、というのが一体なんなのか、考えてもらうことができました。

この生徒さんが、将来幼稚園で子どもたちと歌う時、
楽しくピアノを弾いてくれたらなによりです。
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by e-t-pf | 2015-07-12 23:52 | こどものレッスン | Trackback | Comments(0)  

なんて言ったらいいかでおおもめ

アレクサンダーテクニークのクラスで
教える練習、懲りずに挑戦中

で、「教える」んじゃないんだ,私にとっては!
というところでまだ右往左往してますが
ちょっとずつ、その古い習慣を書き換えております

今日は、「自分の面倒を見る」っていうのが
具体的になんなのか、を言葉にしようとして
みんなで大もめ(すごくおもしろかった)。

ask
let
wish
とか、英語でもいろいろあるし
どう言ったらいいのかな〜って
あまりにもぐるぐるしてしまって、言葉で言うことの限界にまたげんなり。

そういえば昨日はシャシー先生が、パソコンのソフトが便利すぎて、
その機能に頼ってしまうことで、かえって制限を受けてしまう、
というお話をしてました

音楽と楽譜についても、同じ問題がよく言われますね
楽譜で音楽を現すことの限界
私は楽譜から、音楽を作ることに慣れてしまっていて
自分でも気づかないうちに
その制限を受けていると思います

でも、制限は外すことができる。
空っぽになって聴いてみると,ちゃんと入ってくる
ただ、それを認識するときに、どうしても自分の使いやすい方法を使うので
私の場合やっぱり、楽譜の知識は影響していると思います

アウトプットするとき(演奏する時)にはどうしても、
聴いたままの音にできないことが多いので(身体的、技術的な問題もあり)
音を聴きながら,修正する作業(いわゆる練習)が必要になるわけですが
そのときに,ピアノで身につけた演奏練習のやり方は、とても役に立ってくれています。

さて
「自分の面倒を見る」ときに、私は自分に何ていうか?
実は言葉では言っていません。
クラスでは、便宜上言葉でも言いますが
実は言語化の前のところが、自分にとっては大事。

言語化以前、という段階がある、というのは
失語状態という体験が、意外なところで役に立ってる

それが改めてわかった今日でした。
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by e-t-pf | 2015-07-03 00:07 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)