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歓迎したくない感覚がくる

グレッグさんのクラスは、ますますおもしろかった。
というか、なんだかグレッグがおもしろかった。
ひょうきんな側面が、前面に出ていたような。

クラスで「ATのレッスン後、寂しいような、むなしいような感じになる」
ということを話してた人がいた。
英語でやりとりしてたので、詳しくはわからなかったけど。

私も、ジンベクラスやりはじめたとき、あったなあ、
今でも多少でてくるなあ。とぼんやり思った。

ところで最近は、感情的反応を、化学的に(ホルモンで)説明することが、
積極的にされるようになってきて、それで、治療がすすんできてるんだって。
(お薬とか作れる)

それがどうしたか?
感情って、「どうしようもない」もののようだけど、実はそうでもないのかも、
というふうに思える、ということ。

そうか〜化学的に反応してるんだ、自分の中で。
ジンベクラス終わった後に激しく襲ってきた、
しかも原因不明!の「むなしい気持ち」は、反応だったのか。

普通そういう感じになると、やる気が失せるじゃないですか。
元気なくなる。動きたくなくなる。

それがね、いやだったら対処できるかもしれない、ということなんですよ。

私の場合、ストレッチの時間を取る、という習慣が役に立ってる。
とにかくヨガマットをひろげちゃうんです。で、動き始める。
それで切り替わる。
(もちろん、動かないでじっとしてる方がいいときもあるんですよ。
 寝る、休むってことだけど。それは夜すればいいので)

「人間は心身統一体」
心が身体に影響するし、身体が心に影響する、という言い方がたぶん私たちにはわかりやすい。
ただ、言葉にすると、どっちかのことだけになっちゃうでしょ。
で、何どっちが悪いのか、探したくなる。

なんだけど、どっちからでも何かアプローチすると
結局自分の全体の状態が変化するわけですよ。

で、私の場合、動く生き物としては身体運動の質が良くない、
という自覚があったわけです。
偏ってる上に非常に少ない。
それをバランスとろうとするのが、「ストレッチ習慣」
で、今のところ、うまくいってると思うわけです。

なおかつ
その動き方、せっかくやってるストレッチを、できるだけ効果あげたい。
よくあるでしょ、「歩きすぎて膝壊した」とか。
そこで役に立つのがATなわけですよ。
「無駄を省く」「望む結果へと至る道順を考える」
これが得意だからね、ATは。
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by e-t-pf | 2014-09-29 11:37 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

やっと再開。

7月の発表会後、暑い8月をスルーし
ようやく、先週歌のレッスンを再開しました〜。

いただいてあった課題のベッリーニを練習、
言葉が入りません・・・
でも、歌いやすい。
メロディがわかりやすい。

イタリア語が歌いやすい、ということを初めて実感。
(日本語英語ドイツ語に比べればだよ)

発声、しばらくやってなかったわりには、良かった気がする。
顔が動きやすいんだよね。
あごって言うのか。
でも顔全体。

ようやく、受験以来の『ニガテイシキ』が薄れてきた??

ハミング、というか
とにかく空気を動かして(つまり息を吐いて)
声帯を動かして
響いてるのを確認したりして
そんな練習だけしてたのが
(練習っていうか、やってみて遊んでた)
以外とよかったようで。

「歌わねば」がなくなったのが、いいんだきっと。
まだまだ顔出すけどね。

でも
見事に、前に歌ったことのある歌が、歌えなくなってた。
まったく声にならなかった。
あれ?って感じで。
前の歌い方が、どんだけ息漏れしまくりだったか。
はっきりわかった。びっくり。

まあ、古い習慣に戻ってない、ということでよしとしよう。

それから
弾き歌いができなくなってた。
歌うと、見事にピアノが弾けなくなる。

これも同様、古い習慣から離れた、ということで。

なので
やっぱり伴奏してくれる人が必要なんだなあ。

前は、自分で弾いちゃった方が早い、とか思ってたけど。
無理だ今は。
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by e-t-pf | 2014-09-26 23:23 | 歌う | Trackback | Comments(0)  

練習してみる

アレクサンダーテクニークについて、説明する練習をしてみる。
あくまでも、今の自分の理解です。
同じことを違う言い方にしたりしてるので、くどいかも。
(なおかつ独り言、さらにノリツッコミ含む。
 ・・・実は、だんだん言いたいことがふくれあがって、
 そうだ、これも大事だしあれも大事,ってなって収集つかなくなるのを、
 これで抑制しています。なんちて。)

・・・・・
アレクサンダーテクニークでは、自分の動きを見直します
やりたいと思う動きについて、改めて、考えます
そして、身体の構造にあった動きを練習します
先生は,そのお手伝いをします。
見直し,考え,練習するのは、生徒さん自身です。
そして、だんだん自分でできるようになっていきます。

その結果,動きの質が変わります
無駄がなくなり、楽に動き,結果痛みが軽くなったりします
(やっぱりはじめはこう言うよね。効果が気になるもん)

ただし、どう変わったか,という結果の評価
「こんな感じ」(らく、とか痛くない、も)は
実はやってみないとわかりません
いつも期待どおり、とは限りません
(あらかじめ言っちゃったら,混乱させるよね。
 こういうことは、必要なときに言うんだね。
 私は先走って言うなあ。気をつけよう)

私の場合,それまで働いてなかった筋肉が働き始め,
以前より「努力がいる感じ」「力が入ってる感じ」がする、
ということがよくありました。
(未だにそう。)
もちろん、「あ、楽になった」ということもよくありました
(疲れにくい、っていうのはほんと。でも休みもちゃんととらないと死ぬ)

動きが変化する、ということは「慣れてない動きをする」ことになるとも言えるので
やってみると「変な感じ」になることもよくあります。
(やっぱりそういう時は動揺する。なにこれ?ってなるから)

それは、見直しと練習ができている(元に戻ってない)、ということでもあるので、
安心してください!
(そう、そこが大事。ここで安心できるかどうか)

あと、アレクサンダーのレッスンでは,動きの「もと」、
というか「動き始め」にフォーカスがいくことが多いので
大きな激しい動きを、繰り返すことはまずありません。
なので、身体に無理な動きになる心配はありません。
(やってない感じがする、拍子抜け感がある、なにこれ、ってなるのはこのせいだよね)

あと、レッスンでの決定権は生徒さんです。
無理して、先生に合わせる必要はないので安心してね。

(レッスンだったらこれぐらいでしょうか。さらにいってみましょう)

アレクサンダーさんが発見したことは
「人間は,自分のことを、もっと意識的にコントロールできる」ということです。

レッスンでは,動きを対象にするのがわかりやすいですが、
ほんとうは、レッスン対象は「自分」の全部です。

心、とか身体,とか、この動き、とか分けてるのは便宜上で,
ほんとうはすべてが繋がっている、ということが根底にあります。
先生になるには、時間をかけて、そのことを自分で体験し、理解し、納得する訓練をします。
(私はまだ、納得できてもすぐ忘れてしまいます・・・トホホ)

なにかが「おいてけぼり」にならないように。
常に「すべて」でいるように。先生はいつもそう思っています。
(そう思うように努力しています。常日頃訓練しています。しましょう。ハイ・・・)

だから、レッスンは不思議な安心感の中で進んでいきます。
「何がおこっても大丈夫、実験してみよう」
(でもやっぱり、どうなっちゃうか心配なんだよね。
 だから「こうなったらいいのに」って期待するし、
 「こうなるはず」って予測する)

でも先生だって人間だから、困ったり迷ったりします。
ちょっと生徒さんよりも、先に練習開始したよ、というだけですから。
(いいわけしてる。でもほんとだもん)

なので、疑問があったら安心して質問してみてください。
(なんて答えるんだ・・・ってびびったら自分の面倒)

・・・・・

以上。
なんか、独り言、ツッコミがどんどん。
コントじゃないんだけどなあ。
ああ、「オウム」の影響が・・・
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by e-t-pf | 2014-09-22 11:51 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

つくづく、人間てすごいんだわ。

なんか、臨死体験についてテレビでやってましたね。
「意識」「心」とかそういう言葉がいっぱい聴こえてきた。

さて今日は、久々にアフリカンダンスのステップをきっちりと見てもらって、
体幹というのが、どんな風に動けるものなのか,というのを
改めて見直して,
案の定,さっぱりできないという結果に終わり。
でもまあ、どういうふうにどんなことを練習しようか、
というプランはできたので、自分的には収穫でしたが。

で、今日つくづく実感したのは
人間の(自分の)してることってややこしい、ということ。

わざわざ「やりにくいようにしつつ」やってる。
ある意味すごい。って思っちゃった。

ほんとにね、けっこう無駄遣いしてるんだ、人間て。
自分の能力を。
もったいないよね。

よかったよ、そんなふうに思えるようになって。
無駄を省けば,もっといろいろできるんじゃん。て思えるもの。
これが、私がATやっててラッキーだと思った最大のことかな。

おかげさまで,今日も太鼓叩いて,疲労感なし。
でも、体幹の動きを練習したら、腰が(多分広背筋の下の方)少し痛い。
でも痛みが不安感をあおるようなことはない。

そうそう、今日は太鼓叩きながら,「DNA修復」って思ってた。
なんとなく。
なんかちっちゃいものを、ねじれをとって元の形にする
みたいなイメージがあって。
スヌだからかな。
おもしろかった。
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by e-t-pf | 2014-09-14 23:51 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

子どもだった。忘れてた。

今日はジンベクラスでした。
最近若返ってるんです。参加者が。

小学生が二人。
なんだけど、叩くと子どもも大人もなくなる。

で「できるようになりたかったら、時間かけて練習が必要」
なんて話をしてたとき、
あ、相手は小学校三年生だった、と気がついた。
忘れてた。
小3が知ってるとは思えない言葉も使って、がんがん話しちゃった。
画数の多い漢字がいっぱい。すみません。

でも、ちゃんと聞いてる。
きょとん、という感じじゃなくて、理解しよう、としながら聞いてる。

えらいなあ。
今からやってたら、いいよなあ。

その後、大人のクラス。
こちらは、ダンスクラスでも叩くメンバーだったので、
トーンをきっちりと出しつつ、早いリズムをやって、
久々に息が上がった。
腕疲れた。

やっぱりこれくらいやったほうがいい。

ノリがわかってくると、ノリだのみ、というか、トーンが甘くなる。
ボソボソしゃべってる、意味は分かるけど、みたいな感じ?

それでもちゃんとリズムのノリが出てたりはするけど、
やっぱり「しっかり叩く」練習も必要。

手痛いけど。
うで疲れるけど。

というわけで、今日は「太鼓練習した〜」って感じ。

今週は、太鼓ウィークだ。遠方から友きたる。
ンバラをやりたい、とリクエストがあったので、復習しときます。
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by e-t-pf | 2014-09-07 22:44 | ジェベバラ。アフリカの智慧 | Trackback | Comments(0)  

今はできてないのはわかる。

先日「できないから弾く。でも練習してもできるようにならない」
という話題になった大人の生徒さん。
次のレッスンでは、劇的な違いがありました。

挨拶の声が、大きくはっきりしてます。
会話のテンポが、以前より早い。
「この練習してみたけど、なんだかうまくいきません」
こちらから声をかける前に、課題がはっきり。
(しかも、私の見たところ、練習は正しくできていました。
ただ、慣れるのにもう少し時間が必要)

姿勢も違うし、拍子を数える声も、抑揚が以前よりも豊かです。

演奏も、曲にあったノリが、でてきていました。

前回の話題では、特に結論がでたわけでもなく
ただ「できない」という考えが、身体を固めているかもしれないね、
という情報だけしか、私は言いませんでした。

でも、大きな変化を起こす、きっかけになってくれたようです。

「できていない」ということは、あくまでも
「自分についての情報」。

もちろん、それがわかった瞬間は、感情的な反応がでます。
がっかりして当然。
でも「がっかりしている」ということも、
「自分の情報」としてとらえて、
その情報をどう使うか、使わないか、気にするかしないか、
自分で決めればいい。

「できていない、ということはわかった」
と、考えることができれば、先に進めます。
さあ、それでどうするか。

そこで、ピアノの先生はサポートするわけです。
生徒さんはお金を払って、その役割をしてくれるように依頼しているわけです。

必要なサポートを、どんどんもらってください。
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by e-t-pf | 2014-09-04 22:55 | 大人のレッスン | Trackback | Comments(0)