カテゴリ:アレクサンダーテクニーク( 128 )

 

アレクサンダー??



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ただいま〜〜!!仙台から戻ったよ〜
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ただいまただいま〜〜ってもう帰って来てからずいぶん立ってるじゃん!
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んが

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ね・・・・ねこに食われ・・・・
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ねーねー、君が「アレクサンダー」なんだよね?
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えっ?い、いや・・・ちがう・・と思うが
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そうなの?だって今回の仙台は「アレクサンダー」のお披露目だったんでしょ?
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どうでもいいから、早く出せなっしーーーーーーーー!!!!!












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by e-t-pf | 2017-08-16 13:32 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

自分が何やってるのか?って?

声が出なくなったアレクサンダーはどうしたのでしょうか。
★助けを求めたが・・・
医者にかかりましたが、異常なし。
「声を出さず喉を休めるように」と言われ、1週間ほど大人しくしていたら声は出るようになったそうです。
でもまた朗唱するとステージの終わりころには枯れてしまう。
そこで考えたアレクサンダー。「朗唱のときにやっていることが原因で、喉を痛めている、ということか?」

★自分は何をやってるのか
というわけでアレクサンダーは、朗唱しているところを鏡を見て観察してみた。
そうとうしつこく観察したらしいです。
そのあたり、観察の顛末と「テクニーク」がどうやってできていったのか、本に書いてます。
タイトルずばり「自分の使い方」。

道具の使い方間違えるとうまくいかないし道具壊れるかもよ、
というのは当たり前ですが。でもそれを「自分」に対して考える?
そもそも「使い方」ってなんなのさ。

★私はこうやっていた
私も鏡は見ますよ。朝身支度のときに。あとダンスの練習のときに鏡見ます。
でも自分を見るのって,そんなに好きじゃない。好きな人いますか?
アレクサンダーも、別に好きだから見たわけじゃないか。
とにかく何か、声が出なくなる原因を見つけたかったわけですね。

ダンスの練習の時,鏡見てるけど,私は何を見てるのかなあ。
自分を見てるときに考えてること。思いつくのは・・・
「やっぱ下手だなあ」「今度はさっきよりいいか」
評価ですね。
見えている自分全体の印象から、いいか悪いかがまずでてくる。
あとは動くのに忙しくて。とにかく踊る。

★いいかわるいかはおいといて
私は鏡で自分を見るとき、あまり客観的ではない、ということに気がつきました。
いいか悪いか・・・
(あまりないけど)いいと思えばそれで終わりにしちゃうし、
(ほとんどだけど)悪いと思うといやになってやめたくなる。
結局、あまり自分を見てないんですね。

「自分の使い方」を読むと、なんでそんなことに気がつくの,ということのオンパレードです。
アレクサンダーさんは、客観的に見るのが得意だったんだろうか。
・・・でも最初からそうだったわけではないのかも。
想像だけど。評価もしたでしょうね。いやになる時もあったのかなあ。
でもやっぱり「朗唱したい」思いが勝ったのかな。
何か発見できたときは嬉しかったでしょうね。だから続いたのかな。

自分観察はかなり長期間続いたそうです。
でも喉のトラブルはけっこう早くに解決できたらしいです。
じゃあなんで観察続けたんだろう?
何かもっと面白いことがあったのか。いや面白くないことがあったのか。




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by e-t-pf | 2017-08-03 00:18 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

アレクサンダー&ジンベ&ダンス!@仙台

アレクサンダーテクニーク&ジンベ&ダンス
夏のびっくり!3番立て!!!ワークショップ in 仙台

8月11日(金)、仙台にてワークショップを開催します!
★10〜13時 アレクサンダーテクニーク
まずはじめの3時間でアレクサンダーテクニークの紹介、体験。
★14時〜16時 西アフリカの太鼓のアンサンブル
★17時〜19時 アフリカンダンス
ジンベとダンスは,少しちがった角度から練習することになると思います。
※興味のある方は、お知らせくださいませ。まだ申込可能だと思います。
 全部に出なくても,どれか1つ、2つでも可です。

てんこもりな1日ですね〜。
何が起こるか,そして自分はどうなるか、お楽しみな1日。

というわけで、今日から少し、アレクサンダーテクニークについて書いていきたいと思います。
しばしおつきあいくださいませ〜〜

★そもそもアレクサンダーテクニークって?
聞いたことあるような、ないような。まずは名前の「アレクサンダー」から。
人の名前です。オーストラリアの人。故人です。シェイクスピアが好きな、朗唱家だったそうです。
「朗唱」実は私は良く知らないです。すみません。ステージで一人で戯曲を朗読する?ような感じなんでしょうか。
生まれ故郷のタスマニアから、デビューを夢みて都会へ。そしてステージ経験を重ねます。
ところがトラブルに見舞われます。ステージ上で声が出なくなってしまった!
だんだんかすれてしまう。長い時間、一人で大きな声で話し続けると、そういうことはありそうですね。
でもみんななるわけじゃない。なぜ自分はかすれるんだ!
さあそこでアレクサンダーはどうしたか。
あなたならどうする。

★うまくいかない時,どうするか
私の場合,「うまくいかない」ことはアフリカンダンスでした。
はじめは趣味でした。その時はよかった。楽しく踊っていました。下手なりに。
しかしいつしかインストラクター講座を受講するようになり、とうとうインストラクターになりました。
下手なのに。当然自信ない。
できることなら、もっとうまく踊りたい。がんばってクラスを受け,自分なりに練習しました。
しかし、練習しても
・何か変
・お手本(先生)の動きと違う。でも何が違うかわからない。
・自分で直せない。
・教えてもらって出来ても、またできなくなる。
・出来てるつもりでも、やっぱりおかしい。
あ〜あ。なんとかならないかなあ。
そんなとき、ピアノの生徒さんが本を持ってきました。(※私はピアノ教師です)
ピアノを弾く人向けの、アレクサンダーテクニークの本でした。
骨や筋肉の絵がたくさんあるので、解剖学?身体の知識?の本かと思いました。
貸してもらって読んでみると、内容は骨や筋肉の話だけではありませんでした。
骨、筋肉の解説は当然されているのですが、「大事なのはそれを何のために、どう使うかです。」
そりゃそうだ。
つまり「自分の身体を、どう使うのか」
そうそう、それが知りたいんだよ。自分をもっとうまく使いたいの。
言葉にできずにいた、何となくぼんやりした思いが、はっきりした瞬間でした。

というわけで、『アレクサンダーテクニーク』への興味がわいたのでした。


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by e-t-pf | 2017-07-29 23:45 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

痛い!どうしよう。

もう、カテゴリをどこにしよう、って本文書く前にそこで一悩み。
なんとかしましょうね、カテゴリ。

痛いのは,左の腰〜お尻にかけての、奥の方です。
奥の方,というのは、皮膚の上から手でさわったり押したりしても,痛くないということです。
動いたときに、ピリ!と痛くなる。
日曜のダンスクラスが終わったときに,起こりました。
左足を床についたとき、ピリ!ときた。
あっなんか来た。
でも一瞬で,ていねいに足をついていれば、大丈夫。
すぐに帰る必要があったので、着替えて、楽器を片づけ,運転して帰りました。
時々痛みは感じましたが,動いていた方が楽でした。

運転中も痛くはなかった。
車から降りて,座っていた姿勢からからだを伸ばすとき,痛くなりました。
座る姿勢で伸ばされていたところが,縮んでいくときに、痛い。
なので上体を前に屈んだ姿勢から、様子を見ながらゆっくりからだを起こしていきました。
ゆっくりやれば、大丈夫か。
そして一度直立すると、後は歩いても痛くはない。
(あと、太鼓を抱えたときに痛くなりました。
でも、すぐに痛くない持ち方を見つけて,無事全部運べました)

その日の夜は,いつものストレッチをいつものようにはやらず、
できる動きを見つけながら、やりました。
(ストレッチそのものをやめることはしませんでした。動きたかったから)
いつもに比べて,呼吸が浅かったかな。背中が動きにくい感じでした。

一晩寝て,次の朝。
実は前にも同じような痛みがあり、その時は寝ながら寝返りを打つときにいちいち痛くて,
眠れなくて困ったのですが、今回は大丈夫でした。
目が覚めて,起きあがっても痛くなかった。
歩き回りながら歯を磨いたりしても、大丈夫でした。

朝ご飯を椅子に座って食べて,立ち上がるときに、痛くなりました。
やっぱり、座った姿勢で伸ばされるところが、縮んでいくときに痛くなるんだ。
座れないじゃん!今日レッスンなのに〜。

でも昨日痛みを感じてから24時間後,夕方にはだいぶ痛みは消えてました。
椅子から立つときに気をつければ,大丈夫でした。
昨日の夜は、いつも通りにストレッチできました。

そして今日。
今日はPC作業と、レコーダーで録音作業。
いわゆるデスクワークですが
座りたくない。
なので立ってやりました(家での作業ですから、そのへんは自由です。)

朝から、ほとんど座らず。
ヘッドフォンをつけたりはずしたり、レコーダーのボタンを押したり、
録音作業を3時間くらい続けました。
1時間に15分くらいずつ、PC作業。これは椅子でやりました。
今もこうしてキーボードを打ってますが,座ってます。
・・・・・高いところにPC置けば、立って出来るか。
でもいろいろコード繋がってるし,これはいいや。

でも座れないからといって、疲れてはいないなあ。
今は逆に,ここから立つときにちょっとまだこわいなあ。
座りたくない,できれば。
なんか、椅子に座るのが楽だって,ほんとうなのかな、って思います。

というわけで、腰の奥の方が痛くなった件についてでした。

さあ立てるぞ。






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by e-t-pf | 2016-08-30 12:43 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

何をするかがクリアになったおかげで

アレクサンダーテクニークの実習生レッスン,今日は10回のうち9回目でした。
早いなあ。
あと1回で終わりです。

毎回,自分に大きな変化が起こってます。
生徒さんにレッスンするんだけど。
アレクサンダーのレッスンは、まず自分のことが大事なので。
いつもよりも、自分のことをコーディネイトすることになり
その状態で人と向き合うことになります。
すると変化に敏感になるみたいです。

実習生レッスンはいつも朝,「朝活」みたいな感じです。
(おかげで早起きに慣れてきました)
すると、その日の午後のピアノのレッスンもすごくおもしろくなります。

こんなことがありました。
小学2年生の生徒さんが来て、いつものようにバイエルを弾きました。
それを聞きながら,あれ?何を言えばいいのかなあ・・・
ボケたわけではありません。

いままでやっていたことができなくなった。そんな感じでした。
今までやっていたこととは「ダメ出し」。
ダメ出しは違うよなあ、何を言ったらいいのかなあ、

そう考えていたら(まだ私は何も言ってません。言えません)
生徒さんの身体から力みが抜けたのが見えました。
そして、楽譜をじっと見ています。
あ、自分で楽譜を見直してる。
私は何も言っていないのに,生徒さんは自分で次の演奏のための準備を始めていました!

私がダメ出しをしようとしていると、生徒さんはそれを感じて緊張してしまう。
こっちが気になってしまうのです。
演奏の邪魔をしていたのは,私だったんだ。

評価は頭に浮かびます。
止まりながら弾いていたし,ミスもありました。
でもそのことを伝えればいいのか?
ちがってたよ、出来てないよ,と言えばいいのか?
そうではない。言葉がでませんでした。

その後レッスンは進み,生徒さんは椅子の上でぴょんぴょん動いてました。
いつも楽しそうな子だけど,ますます嬉しそうでした。

生徒さんが帰った後,
頭の中では,ミスがあったことをなんとかするべきでは、
という考えも右往左往していました。
でも生徒さんの様子は,明らかにいつもよりも積極的に楽譜に向き合っていたので,
よかったのは間違いない。
きっと、これからピアノの練習の仕方が変わってくる。

ダメだしをしないレッスンができた、嬉しい日になりました。
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by e-t-pf | 2016-03-15 00:32 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

今日は冬至。

冬至の今日。
3つのアセスメント終了後、第3段階のための説明を受け,面談終了、
ようやく、アレクサンダーテクニーク教師として、
教えることに扉を開く準備にすすむことになりました。

と言っても・・・
アセスメントで浮かび上がった課題は、まだまだ自分にとっては大きなもので
考えたい、向き合いたい、そのために時間をかけたい。
と思っています。

そして来年には,実習生レッスンをスタートさせますが
「アレクサンダーテクニークを教える」という言い方は,
実は自分にとっては少々違和感があります。
「教える」という言葉で、でてくる習慣的な考えがあるらしく・・・

今,どんなふうに考えるといいのか、いろいろ思案中です。
例えば
「やりにくいことを、やりやすく。やりたいことを、できるように。」
どうすればそれが実現できるのかを、アレクサンダーさんは考え実験し、方法を見つけました。

やりたいことをしたいのに。なぜできないのか。
自分のすることなのに、なぜ思った通りにいかないのか。
それは、自分という人間、人間という存在が、自分が思っている以上に複雑だから。
実は想像以上に複雑なことができてしまう、人間という存在。
それは、想像以上に可能性も秘めている、ということだと思うのです。
可能性は、あぶない冒険ではありません。
可能性を信じて試すことは、こわいことじゃないんだよ、ということを
レッスンを通じて体験してもらえたらいいなあ。
と思ってます。

今日は早く日が沈む日。
アフリカンダンスも、年内最後のクラスでした。

昨日の夕焼けがきれいで、写真撮ってみました。
ピアノのレッスンに来た生徒さんも、
終わって外に出たときに「きれい〜〜!!」と大喜び。
「ママ、携帯貸して〜」と言って、写真を撮っていました。
小1なんだけどね。スマホを操る手際の良さがすごい。

明日はピアノ教室のクリスマス会。
明後日、ボディチャンス年内最後のクラス。
さあもう少し。がんばろ〜。
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by e-t-pf | 2015-12-23 00:05 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

ちょっとだけ

アレクサンダーテクニークの学校も佳境に入り
一番荷の重かった課題をやっと提出。

アレクサンダーさんが、どうやって出なくなった声を取り戻し、
声が出なくなるというトラブルから解放され、
いろいろなことがやりやすくなるという応用がきき、
脳梗塞を起こしても、回復が可能だったのか。
(あの時代で、ってつくづくすごい。
 まだリハビリとかも、それほど進んでなかったなじゃないだろうか)

「自分の使い方」というタイトルで出ている本の最初の章に
その成り行きが書かれているのですが
その内容をまとめるのに苦労したわけです。

ほんとに苦労した。
ほんとに。(しつこい。)
だって難しいんだもん!

何が、というと
説明がややこしいんです。

アレクサンダーは、自分が何をしてるか観察して,
どうやらこれが声が出なくなる原因らしい、ということを見つけて
じゃあどうすりゃいいんじゃ、と実験を繰り返し
「しなくていいことをやめる」という
字に書くとあまりにもシンプルな結論に至ったわけですが

これがね〜、そう単純な話じゃない。
やめればいいんだ〜そうなんだ〜ちゃんちゃん、とは行かない。

それが「できてるかどうか」わからない。
自分で自分がしてることを評価するのに,自分の感覚が信用できない、
ということに気づいたから。

どういうことでしょう。
感覚は常に身体の中を行き来していますが
自分の意識に「感じ」として上がってくるのは、そのごく一部。
しかも、ほぼ「解釈された認識」で、実はねつ造も多いそうです。
(最近は脳科学などでかなり詳しく調べられているそうです。)

つまり、「こんな感じ」は、自分の状態の正確な情報ではない。
その事実に気づいたアレクサンダーさんは、途方に暮れました。
「自分がしていることを、どうやって評価すりゃいいんだ!」

そこから苦労してなんとか確認方法を編み出しますが、
その実験の過程が描かれている部分がまあ、読みにくい。

でもなんとかまとめた。
最後はもう息切れして「もう限界だ」と思って提出しちゃった。
だから、終わりにいくほど、文体が雑。ぶっきらぼう!

あ〜疲れた。
踊りたいよう。
でもほっとした。
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by e-t-pf | 2015-12-05 23:30 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

さて教える練習の顛末は

ATの第2段階では、クラス中に「教える練習」ということをしますので
6月くらいから,挑戦しておりました。
9月は息切れしてしまい、昨日から10月というタイミングで
無事?復活。

今まで自分が「教える」ときにしていた、
本当はしなくてもよかったことが、徐々に見えてきました。
これはなかなか、歓迎しにくい体験です。

自分のことについて(動きとか、考えとか)レッスンするのとは、また違うんですよ。
自分のことなら、まあそんなにね。

それが、教えることとなると、違和感も動揺も、まったく深さが違うというか。
自分一人のことではなくて、相手(生徒さん)に関わることだからなあ。
「余計なことしてたんだなあ」と分かったときは,ショックなんです、やっぱり。

(一応解説を試みますと
余計なこと,というのは実際にレッスンで生徒さんに対してやっていたこと、というよりも
教えるときの自分の状態についてです。
自分の状態がどうかで、その先の行動の質が大きく変わるわけなので,
生徒さんにも影響は当然あるわけですが、それは間接的に起こることです。
生徒さんに何を言ってたか,というより、どう言ってたか、みたいなこと。)

そして、その余計なことがない状態の体験も,ショックです。
これじゃあ、私なんにもしてない気がする。
今まで教えるときは、自分余計なことだらけだったの?!
まあそういうことだったんでしょうね。

ATの「教える」は、違うなあ、と思うわけです。
じゃあもう、何にもしないもんね!なんて開き直るのとも違うし。
間接的、ということがちょっとずつ、分かってきた感じ。

顛末,と書きましたが,練習はまだまだ続きます。

私としては,まだまだ実際に生徒さんとレッスンするよりも、
アレクサンダーさんの発見について理解をする方に興味があるんだな。
ということもはっきりしてきたので。

まあ、こうやって自分が徐々に変化していくことで、
当然自分がすること全体は変わっていくので。

すでに、ピアノのレッスンは大きく変化しています。
それでいいや。
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by e-t-pf | 2015-10-02 11:51 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

なんて言ったらいいかでおおもめ

アレクサンダーテクニークのクラスで
教える練習、懲りずに挑戦中

で、「教える」んじゃないんだ,私にとっては!
というところでまだ右往左往してますが
ちょっとずつ、その古い習慣を書き換えております

今日は、「自分の面倒を見る」っていうのが
具体的になんなのか、を言葉にしようとして
みんなで大もめ(すごくおもしろかった)。

ask
let
wish
とか、英語でもいろいろあるし
どう言ったらいいのかな〜って
あまりにもぐるぐるしてしまって、言葉で言うことの限界にまたげんなり。

そういえば昨日はシャシー先生が、パソコンのソフトが便利すぎて、
その機能に頼ってしまうことで、かえって制限を受けてしまう、
というお話をしてました

音楽と楽譜についても、同じ問題がよく言われますね
楽譜で音楽を現すことの限界
私は楽譜から、音楽を作ることに慣れてしまっていて
自分でも気づかないうちに
その制限を受けていると思います

でも、制限は外すことができる。
空っぽになって聴いてみると,ちゃんと入ってくる
ただ、それを認識するときに、どうしても自分の使いやすい方法を使うので
私の場合やっぱり、楽譜の知識は影響していると思います

アウトプットするとき(演奏する時)にはどうしても、
聴いたままの音にできないことが多いので(身体的、技術的な問題もあり)
音を聴きながら,修正する作業(いわゆる練習)が必要になるわけですが
そのときに,ピアノで身につけた演奏練習のやり方は、とても役に立ってくれています。

さて
「自分の面倒を見る」ときに、私は自分に何ていうか?
実は言葉では言っていません。
クラスでは、便宜上言葉でも言いますが
実は言語化の前のところが、自分にとっては大事。

言語化以前、という段階がある、というのは
失語状態という体験が、意外なところで役に立ってる

それが改めてわかった今日でした。
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by e-t-pf | 2015-07-03 00:07 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

教える、ということに慣れてしまっている

アレクサンダーテクニークの「教える」練習、というのに
ただいま挑戦ちうですが

毎回、「いつものように教える」ように、自分が動いてしまうのが課題。
アレクサンダーテクニークは
セラピーではありません
治療ではありません
マッサージではありません
エクササイズではありません

レッスン,という言い方をしています。
なので「先生」ということになるのですが

実際にすることは、生徒さんのやりたいことをお手伝いすることです。
何を教えるのでしょう?
「自分でほんとうに、実行する」ことを教える、ということ、かな。
ということは、私は自分でほんとうに、生徒さんの隣にいて,
生徒さんのやりたいことを受け止めて,お手伝いすることを考える必要があるわけですが

それは、まず「ほんとうに自分でいる」必要があって
それは「先生としている」のとは、ちょっと違うようなのです。

でも、ずっとピアノの先生だったので
あ、ちがいます、今でもそうなので
そうしているつもりはないんだけど、いつものように「教えよう」としたくなる?

う〜〜〜〜この習慣は手強いです。

相手を「生徒」として見ている,という習慣もあるでしょうね。
だいぶ薄れてきてはいる、と思うけど・・・

今年の合宿で,「演技する」という体験を、ちょっとだけしました。
お面をかぶる、ということから始まったのですが
何かの役割を「演じる」というのは
実は日常で,誰でもやっていて、それはとても便利な,役に立つこと。

私は「先生」という仮面を使っていたわけです。
それは役に立ってるんだけど、
ほんとうは、それをいつでも「取り外せる」ようにしておきたい。

「先生」でいる自分じゃないときも当然あるはずだけど、
もしかしたら、そんなつもりではないときも、「先生」としているかも。

教える練習をしようとするとき、まず自分。
先生のサポートで、余計なものが取れた時、
今はまだ,何をしていいかわからなくなり、心細くなってしまいます。
でも、それが大事,と今日も先生に言ってもらいました。

そして家に帰って、ピアノのレッスンをするとき・・・
改めて「ピアノの先生」にもう一度なってみた。
なんだか、今までとはちがうような。
何かクリアになった気がします。
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by e-t-pf | 2015-06-24 22:49 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)