おんがくノート。忘れちゃうからメモっとこ。
2017-08-03T00:18:05+09:00
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ピアノと太鼓とダンスとアレクサンダーテクニーク。
Excite Blog
自分が何やってるのか?って?
http://coconutsmu.exblog.jp/237425830/
2017-08-03T00:18:00+09:00
2017-08-03T00:18:05+09:00
2017-08-03T00:18:05+09:00
e-t-pf
アレクサンダーテクニーク
★助けを求めたが・・・医者にかかりましたが、異常なし。
「声を出さず喉を休めるように」と言われ、1週間ほど大人しくしていたら声は出るようになったそうです。
でもまた朗唱するとステージの終わりころには枯れてしまう。
そこで考えたアレクサンダー。「朗唱のときにやっていることが原因で、喉を痛めている、ということか?」
★自分は何をやってるのか
というわけでアレクサンダーは、朗唱しているところを鏡を見て観察してみた。
そうとうしつこく観察したらしいです。
そのあたり、観察の顛末と「テクニーク」がどうやってできていったのか、本に書いてます。
タイトルずばり「自分の使い方」。
道具の使い方間違えるとうまくいかないし道具壊れるかもよ、
というのは当たり前ですが。でもそれを「自分」に対して考える?
そもそも「使い方」ってなんなのさ。
★私はこうやっていた
私も鏡は見ますよ。朝身支度のときに。あとダンスの練習のときに鏡見ます。
でも自分を見るのって,そんなに好きじゃない。好きな人いますか?
アレクサンダーも、別に好きだから見たわけじゃないか。
とにかく何か、声が出なくなる原因を見つけたかったわけですね。
ダンスの練習の時,鏡見てるけど,私は何を見てるのかなあ。
自分を見てるときに考えてること。思いつくのは・・・
「やっぱ下手だなあ」「今度はさっきよりいいか」
評価ですね。
見えている自分全体の印象から、いいか悪いかがまずでてくる。
あとは動くのに忙しくて。とにかく踊る。
★いいかわるいかはおいといて
私は鏡で自分を見るとき、あまり客観的ではない、ということに気がつきました。
いいか悪いか・・・
(あまりないけど)いいと思えばそれで終わりにしちゃうし、
(ほとんどだけど)悪いと思うといやになってやめたくなる。
結局、あまり自分を見てないんですね。
「自分の使い方」を読むと、なんでそんなことに気がつくの,ということのオンパレードです。
アレクサンダーさんは、客観的に見るのが得意だったんだろうか。
・・・でも最初からそうだったわけではないのかも。
想像だけど。評価もしたでしょうね。いやになる時もあったのかなあ。
でもやっぱり「朗唱したい」思いが勝ったのかな。
何か発見できたときは嬉しかったでしょうね。だから続いたのかな。
自分観察はかなり長期間続いたそうです。
でも喉のトラブルはけっこう早くに解決できたらしいです。
じゃあなんで観察続けたんだろう?
何かもっと面白いことがあったのか。いや面白くないことがあったのか。
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アレクサンダー&ジンベ&ダンス!@仙台
http://coconutsmu.exblog.jp/237384698/
2017-07-29T23:45:00+09:00
2017-07-29T23:45:43+09:00
2017-07-29T23:45:43+09:00
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アレクサンダーテクニーク
8月11日(金)、仙台にてワークショップを開催します!
★10〜13時 アレクサンダーテクニーク
まずはじめの3時間でアレクサンダーテクニークの紹介、体験。
★14時〜16時 西アフリカの太鼓のアンサンブル
★17時〜19時 アフリカンダンス
ジンベとダンスは,少しちがった角度から練習することになると思います。
※興味のある方は、お知らせくださいませ。まだ申込可能だと思います。
全部に出なくても,どれか1つ、2つでも可です。
てんこもりな1日ですね〜。
何が起こるか,そして自分はどうなるか、お楽しみな1日。
というわけで、今日から少し、アレクサンダーテクニークについて書いていきたいと思います。
しばしおつきあいくださいませ〜〜
★そもそもアレクサンダーテクニークって?
聞いたことあるような、ないような。まずは名前の「アレクサンダー」から。
人の名前です。オーストラリアの人。故人です。シェイクスピアが好きな、朗唱家だったそうです。
「朗唱」実は私は良く知らないです。すみません。ステージで一人で戯曲を朗読する?ような感じなんでしょうか。
生まれ故郷のタスマニアから、デビューを夢みて都会へ。そしてステージ経験を重ねます。
ところがトラブルに見舞われます。ステージ上で声が出なくなってしまった!
だんだんかすれてしまう。長い時間、一人で大きな声で話し続けると、そういうことはありそうですね。
でもみんななるわけじゃない。なぜ自分はかすれるんだ!
さあそこでアレクサンダーはどうしたか。
あなたならどうする。
★うまくいかない時,どうするか
私の場合,「うまくいかない」ことはアフリカンダンスでした。
はじめは趣味でした。その時はよかった。楽しく踊っていました。下手なりに。
しかしいつしかインストラクター講座を受講するようになり、とうとうインストラクターになりました。
下手なのに。当然自信ない。
できることなら、もっとうまく踊りたい。がんばってクラスを受け,自分なりに練習しました。
しかし、練習しても
・何か変
・お手本(先生)の動きと違う。でも何が違うかわからない。
・自分で直せない。
・教えてもらって出来ても、またできなくなる。
・出来てるつもりでも、やっぱりおかしい。
あ〜あ。なんとかならないかなあ。
そんなとき、ピアノの生徒さんが本を持ってきました。(※私はピアノ教師です)
ピアノを弾く人向けの、アレクサンダーテクニークの本でした。
骨や筋肉の絵がたくさんあるので、解剖学?身体の知識?の本かと思いました。
貸してもらって読んでみると、内容は骨や筋肉の話だけではありませんでした。
骨、筋肉の解説は当然されているのですが、「大事なのはそれを何のために、どう使うかです。」
そりゃそうだ。
つまり「自分の身体を、どう使うのか」
そうそう、それが知りたいんだよ。自分をもっとうまく使いたいの。
言葉にできずにいた、何となくぼんやりした思いが、はっきりした瞬間でした。
というわけで、『アレクサンダーテクニーク』への興味がわいたのでした。
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シーモアさんと、ピーターと、ピーター。
http://coconutsmu.exblog.jp/23278635/
2016-10-10T23:58:00+09:00
2016-10-10T23:57:37+09:00
2016-10-10T23:57:37+09:00
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自分のレッスン
シーモアさん、バーンスタインさん。ピアノ教師です。
日本でも本が出てるので,お名前は知ってました。
監督、イーサン・ホーク。えっ?俳優の人だ。監督もするんだ。
はじめにいきなり、イーサン・ホークの告白から始まったのがびっくり。
「俳優の仕事に疑問を感じていた」え〜、ハリウッドスターなのに。
たまたま夕食会で隣に座っていたシーモアさんに、(初対面なのに)その悩みを話し、
そして演奏を聞き,ドキュメンタリー制作を決めたそうです。
その成り行きが興味深い。
さすがに有名なピアノ指導者,レッスン場面が繰り返しでてくるのはまあ当然として
グレングールドとか、他のピアニストの演奏も出てくるし、
音楽よかった〜。これCDになってないのかな〜。
そしてお部屋の様子とか,戦争の話とか、弟子の人たちの話とか。
シーモアさん、という人について、いろいろな人から話を聞かせてもらってるようでした。
見ながら,なんとなく「ピーターセラーズに似てる」。
というより、ピーターセラーズの「チャンス」に似てる、と思った。
あと、ピーターブルックにも似てる。
でもブルックさんは、中心になってたくさんの俳優やスタッフと作品を作るけど、
シーモアさんは、一人で作品を作り上げるピアニストの隣に座って,お手伝い。
そこがちょっと違う。もっと個人的な感じですね。
音楽と自分。
もちろん、見終わったらピアノ弾きたくなりましたよ。
明日,ピアノに向かうときが楽しみ。
というわけで「ピーターとピーター」でした。
そうそう、若い頃のシーモアさんのレッスン映像に、
「ピアニストも、体操など身体を積極的に動かすことを強くお進めします」と。
そうだよね〜。
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痛い!どうしよう。
http://coconutsmu.exblog.jp/23167214/
2016-08-30T12:43:00+09:00
2016-08-30T12:42:43+09:00
2016-08-30T12:42:43+09:00
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アレクサンダーテクニーク
痛いのは,左の腰〜お尻にかけての、奥の方です。
奥の方,というのは、皮膚の上から手でさわったり押したりしても,痛くないということです。
動いたときに、ピリ!と痛くなる。
日曜のダンスクラスが終わったときに,起こりました。
左足を床についたとき、ピリ!ときた。
あっなんか来た。
でも一瞬で,ていねいに足をついていれば、大丈夫。
すぐに帰る必要があったので、着替えて、楽器を片づけ,運転して帰りました。
時々痛みは感じましたが,動いていた方が楽でした。
運転中も痛くはなかった。
車から降りて,座っていた姿勢からからだを伸ばすとき,痛くなりました。
座る姿勢で伸ばされていたところが,縮んでいくときに、痛い。
なので上体を前に屈んだ姿勢から、様子を見ながらゆっくりからだを起こしていきました。
ゆっくりやれば、大丈夫か。
そして一度直立すると、後は歩いても痛くはない。
(あと、太鼓を抱えたときに痛くなりました。
でも、すぐに痛くない持ち方を見つけて,無事全部運べました)
その日の夜は,いつものストレッチをいつものようにはやらず、
できる動きを見つけながら、やりました。
(ストレッチそのものをやめることはしませんでした。動きたかったから)
いつもに比べて,呼吸が浅かったかな。背中が動きにくい感じでした。
一晩寝て,次の朝。
実は前にも同じような痛みがあり、その時は寝ながら寝返りを打つときにいちいち痛くて,
眠れなくて困ったのですが、今回は大丈夫でした。
目が覚めて,起きあがっても痛くなかった。
歩き回りながら歯を磨いたりしても、大丈夫でした。
朝ご飯を椅子に座って食べて,立ち上がるときに、痛くなりました。
やっぱり、座った姿勢で伸ばされるところが、縮んでいくときに痛くなるんだ。
座れないじゃん!今日レッスンなのに〜。
でも昨日痛みを感じてから24時間後,夕方にはだいぶ痛みは消えてました。
椅子から立つときに気をつければ,大丈夫でした。
昨日の夜は、いつも通りにストレッチできました。
そして今日。
今日はPC作業と、レコーダーで録音作業。
いわゆるデスクワークですが
座りたくない。
なので立ってやりました(家での作業ですから、そのへんは自由です。)
朝から、ほとんど座らず。
ヘッドフォンをつけたりはずしたり、レコーダーのボタンを押したり、
録音作業を3時間くらい続けました。
1時間に15分くらいずつ、PC作業。これは椅子でやりました。
今もこうしてキーボードを打ってますが,座ってます。
・・・・・高いところにPC置けば、立って出来るか。
でもいろいろコード繋がってるし,これはいいや。
でも座れないからといって、疲れてはいないなあ。
今は逆に,ここから立つときにちょっとまだこわいなあ。
座りたくない,できれば。
なんか、椅子に座るのが楽だって,ほんとうなのかな、って思います。
というわけで、腰の奥の方が痛くなった件についてでした。
さあ立てるぞ。
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新月に実験しました
http://coconutsmu.exblog.jp/22879926/
2016-06-06T12:20:27+09:00
2016-06-06T12:20:21+09:00
2016-06-06T12:20:21+09:00
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ジェベバラ。アフリカの智慧
JA(農協ではありません)クラス終了後、初練習。
JAクラスに参加した人は,たくさんの濃い体験、宿題の数々で、
まだ消化しきれない「満腹感」が顔にでてました!
はやく消化させたいよう、って感じでした。
私もです。録音を少しずつ整理しながら、う〜んすごい情報量だ
...視線が宙を泳ぐ。
これをどうやって使っていこう。
録音を聴いていて気になったのは,スピードでした。
みんなで叩き始めるとすぐに、スピードが上がっていき、音が大きくなっていきます。
どのクラスでもそうでした。
慣れないうちは焦ってしまうから速くなる?
なら慣れてくると、落ち着いてくる。かと思いきや。
やっぱり速くなっていく。
慣れてきたら、快調に飛ばすのかな?
どんどん速くなり,音が大きくなり,ああバラバラになってきた。
そうなってくると、先生がゆっくりに、少し音量を落として,と導きます。
ああ、落ち着いてきた。
そしてだんだんと、また速く大きくなり・・・
ゆっくりにして・・・
という具合に練習が進んでいってました。
録音聞きながら思ったのは、
音をどう聞いているのかについて、何かやりたい。
で、昨日のクラスでは1つ実験をしました。
「分離唱」という合唱練習法のアイディアを使ってみようと思ったのです。
分離唱では,自分の音と周りの音が「とけ合うように」歌います。
自分の声が響いているか,とか、ピッチがあっているか、とか気にしなくていい。
楽譜を使わず,大きく響かせるための発声練習もしない、独特の練習方法です。
この歌い方で空間に響く音が、なんともふんわりと気持ちいいのです。
で、提案したのは、「周りの音と溶け合うように、叩いてみる」でした。
小さい音で,ゆっくりしたペースで始めてみました。
はじめは,みんな同じ叩き方ではじめてもらいました。
しばらく続いたところで,「好きなように叩いても可、やめても可」と言いました。
流れは続きながら,一人一人、ちょっとずつ叩くことを変えてみたり戻ったり。
そしてしばらく続けて,終わり。
感想をききましたが、みんな無言。
しばらくして
「自由に,って言われた時,誰かがソロをはじめるかと思った」
「セッションだな、と思った」
という感想が出ました。
私が感じたのは「様子を探っている」という感じでした。
みんなで叩き続けられていた,ということは、流れ(ペース)を共有できていた。と思います。
でもそこにちょっとした「不安」があるような。
「周りを聞く」イコール「さぐる」?
「自由に叩く」イコール「ソロ」(目立つこと)をする?
そのどっちでもなく叩く?
う〜ん言葉にすると何か変だ。
私の中にも不安がありました。
「これやってどうなるだろう、うまくいくだろうか、何かよくなるだろうか」
これはしかたないですね。初めてのことにチャレンジですからね。
というわけで新月の実験,
「分離唱みたいに太鼓叩いてみる」レポートでした。
次にやるときは、きっと自分の不安が減っているでしょう。
そのうち、楽しくできるようになるでしょう。
そう思えるまで続けてみたい。
いつもより大きく見える火星を眺めつつ、思ったのでした。
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夏休みの宿題ためるやつ
http://coconutsmu.exblog.jp/22762779/
2016-04-29T23:36:57+09:00
2016-04-29T23:36:43+09:00
2016-04-29T23:36:43+09:00
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ジェベバラ。アフリカの智慧
もうすぐ2年ぶりのJA(農協?)ジンベクラスがあるので、
2年前の録音を聴き直してました。
新しい機械が使いこなせなかったことも,
聞き直しをさぼった理由なんです。
ようやく、慣れてきた。
そして、録音をどう整理していけばいいのか、やっとわかってきた。
さてぞっとしたのは
聞いてる途中で携帯が鳴り、一時停止して、
電話終わって一時停止解除したら,
もう違うリズムに聴こえてしまったこと。
あれ?ってなった。
で、数えるのをやめた。
すぐに戻ったからよかったけど。
オンだと思い込んで、カウントをとろうとしてしまう。
カウント
拍子記号
数字で表すのが当たり前になってるけど。
あくまで便宜上なんだよね。
ネウマは拍子なかったんだからなあ。
イタリア歌曲は,拍子記号あるけど、歌詞優先で。
平気で小節またいだりする。
カウントとって歌うと,かえっておかしくなるもんね。
バッハもそうか。
ドイツ古典派が、拍子記号に忠実すぎるんだろうか。
ピアノ弾きのやまいかもしれない。
というわけで、大急ぎで宿題やる。
明日は吉川で練習するんだ♪
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くにくに〜〜
http://coconutsmu.exblog.jp/22731716/
2016-04-19T22:55:21+09:00
2016-04-19T22:55:16+09:00
2016-04-19T22:55:16+09:00
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なんのはなし??
国貞国芳展
ボストン美術館に所蔵されてるんですね。
日本じゃないんだ。
「だからこんなにきれいに保存されてるんじゃないの」
なるほど〜。
以外と点数が多かった。
なのでちょっと駆け足になってしまいました。
(お茶飲んでゆっくりしすぎた)
季節の行事を描いたものが、良かった。
蛍狩りとかお花見とか、雪で作った巨大猫とか。
蛍狩りいいな〜。やってみたい。
歌舞伎の名場面を描いた、ものすごくスペクタクルな絵を見て,
私は手塚治虫,姉は宮崎駿を連想。
火の鳥読みすぎな感じで。
それにしても化け物、特に鯉がこわい。
実は魚の中で一番、鯉がきらいです。
顔が嫌い。
全体に小さい作品が多かったので、
展示で見るよりも、手元において眺めたいね〜、
図書館で見てみよう、なんて話に。
でも印刷だとまたね〜、ちがいますね。
直に見ると色がやっぱり見事で。
きれいでした。
おみやげにてぬぐい買ってきました♪
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何をするかがクリアになったおかげで
http://coconutsmu.exblog.jp/22600846/
2016-03-15T00:32:42+09:00
2016-03-15T00:32:42+09:00
2016-03-15T00:32:42+09:00
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アレクサンダーテクニーク
早いなあ。
あと1回で終わりです。
毎回,自分に大きな変化が起こってます。
生徒さんにレッスンするんだけど。
アレクサンダーのレッスンは、まず自分のことが大事なので。
いつもよりも、自分のことをコーディネイトすることになり
その状態で人と向き合うことになります。
すると変化に敏感になるみたいです。
実習生レッスンはいつも朝,「朝活」みたいな感じです。
(おかげで早起きに慣れてきました)
すると、その日の午後のピアノのレッスンもすごくおもしろくなります。
こんなことがありました。
小学2年生の生徒さんが来て、いつものようにバイエルを弾きました。
それを聞きながら,あれ?何を言えばいいのかなあ・・・
ボケたわけではありません。
いままでやっていたことができなくなった。そんな感じでした。
今までやっていたこととは「ダメ出し」。
ダメ出しは違うよなあ、何を言ったらいいのかなあ、
そう考えていたら(まだ私は何も言ってません。言えません)
生徒さんの身体から力みが抜けたのが見えました。
そして、楽譜をじっと見ています。
あ、自分で楽譜を見直してる。
私は何も言っていないのに,生徒さんは自分で次の演奏のための準備を始めていました!
私がダメ出しをしようとしていると、生徒さんはそれを感じて緊張してしまう。
こっちが気になってしまうのです。
演奏の邪魔をしていたのは,私だったんだ。
評価は頭に浮かびます。
止まりながら弾いていたし,ミスもありました。
でもそのことを伝えればいいのか?
ちがってたよ、出来てないよ,と言えばいいのか?
そうではない。言葉がでませんでした。
その後レッスンは進み,生徒さんは椅子の上でぴょんぴょん動いてました。
いつも楽しそうな子だけど,ますます嬉しそうでした。
生徒さんが帰った後,
頭の中では,ミスがあったことをなんとかするべきでは、
という考えも右往左往していました。
でも生徒さんの様子は,明らかにいつもよりも積極的に楽譜に向き合っていたので,
よかったのは間違いない。
きっと、これからピアノの練習の仕方が変わってくる。
ダメだしをしないレッスンができた、嬉しい日になりました。
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発表会イヤー
http://coconutsmu.exblog.jp/22277984/
2016-01-24T22:44:37+09:00
2016-01-24T22:44:38+09:00
2016-01-24T22:44:38+09:00
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こどものレッスン
今年は発表会の年です。
2年前か〜。あれからいろいろあったな〜。
って、生活自体はあまり変わってないんですけど。
でもずいぶん、「違う」感じがしています。
自分のピアノの弾き方も変わったし。
生徒さんとのレッスンの仕方も変わったし。
楽譜作成に使っていたPCがとうとうだめになり
(PCが壊れたわけではなく、まだしっかり動きますが、プリンタが壊れ,
OSが古すぎて対応できるプリンタがないので、あきらめることにしました。)
楽譜用に、ノートパソコンを譲ってもらいました。
初ウィンドウズ。
これから、生徒さんの弾く曲決めがはじまります。
第1部のソロ、第2部のアンサンブル。
アンサンブルの方は,大体候補曲が決まってきましたが
う〜ん、どれもちょっと難しそう。
どこまでできるかな〜。
ソロの曲決めのために、曲集も新しく用意したいし
楽器屋さんで、ゆっくり楽譜も見たいなあ。
しかし今はネットで探し物ができるからほんと便利。
あらかじめ、どの本にどの曲が載ってるかわかるし注文できるし。
でも、結局定番の楽譜になったりするのです。
最近は,名曲集、と書いてあっても、簡単にアレンジしてあったり,
有名な部分だけの抜粋だったりする楽譜もあるので、
気をつけないといけない。
「やけに曲数多いなあ」と思ったら、抜粋だったりするのです。
けっこうあるんですよ。そういうの。需要があるんでしょうか。
曲選びのために自分で一通り弾くのも,いい練習になるんですよね。
以外と以前は気がつかなかった、いい曲が見つかったりして。
発表会は8月7日(日)です。
半年以上先か〜。でもどんどん時間は経つよね。
がんばろ〜。
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変わった点いくつか
http://coconutsmu.exblog.jp/22065913/
2016-01-03T22:53:17+09:00
2016-01-03T22:53:20+09:00
2016-01-03T22:53:20+09:00
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自分のレッスン
それは、自分が学ぶことについても同じで
最近本を読むときに,迷うのです。
「なんでこれ読みたいと思ったんだっけ」と思ってしまう。
読まなくても別にいいかな〜・・・
いや読みたいと思って買ったんだけど〜どうしようかな〜〜・・・と迷う。
自分は読書好き・・・だったはず。
外遊びよりも家の中で本を読んでることが多い子どもでした。
(ちなみに本はマンガも含みます。いやマンガが多かったか・・・・)
つまり動くの嫌いだった?まあそうですね・・
子どもの頃好きだったのは物語でした。
それがいつのまにか、物語はあまり読まず,
知りたいことを学べる本を選ぶようになって、
小説はほとんど読まなくなりました。
それがですね、最近読めないんですよ。
なんだか「知らなくても別にいいのかなあ」と思ってしまって。
知識より大事なことがあるような・・・
(そこのところを、アセスメントでがっつり言われたんですけどね。)
今思うと「知りたい」の背後に「心配」があったのかなと思います。
必要なことをわかってないんじゃないか、「自分は無知だ」・・・
なんとなくそんな心配があって、
もっといろいろなことを知りたい,分かりたい、で本を手に取る。
そうやって知識を増やすことにこだわっていたんだなあ、
と気がついたら、別に本読まなくてもいいかなあ。
と思うようになっちゃった。
でも
「読まなければならない」
(自分ではそういうつもりはなかった、読みたいから読んでると思ってたけど)
ではなくなったわけですが
でもやっぱり、電車に乗ってるときにひまなんだよな〜。
やっぱり読もうかな。
読んでもいいか。読まなくてもいいけど。
どっちでもいいけど、せっかく本あるし,一応持っとこう。
結局本を手に取りました。
で、結局本を持ち歩いてます。
本を読む時間、嫌いなわけじゃないんだよね。
そうそう。もともと好きだったんだよ。
思い出したような気がする。
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今年は?
http://coconutsmu.exblog.jp/22049772/
2016-01-01T22:53:47+09:00
2016-01-01T22:53:50+09:00
2016-01-01T22:53:50+09:00
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音楽をする
氏神様にお参りしてきました(みかんもらった♪)
昨日から、新年の抱負について考えてみましたが
思い浮かびませんでした。
何がどうなったら嬉しいかなあ、と考えても・・
「これがこうなったらいいのに〜〜」と思うこともないような・・・
いや、あるっちゃあるんですよ、細かいのも大きいのも。
なんとなくね、これ、って決めなくてもいいような。
そのうち決めたくなったら決めよう。
とにかく音楽をやっていきます。
音楽と踊り。
音楽と踊りを続けながら,自分がどう変わっていくかを
今年も楽しみにしていこうと思っています。
音楽について、1年前に考えていたことと、だいぶ変わったと思います。
音楽を教えること、自分が演奏すること,どっちもです。
クリスマス会の準備の時にはっきりそう思いました。
生徒さんたちといろいろなアンサンブル、連弾,合唱をしましたが
その中で「教育」「お勉強」してもらおう、という考えがなかった。
ただ、おもしろいだろうなあと思ったことを提案して、やっていました。
以前だと、「これをすると生徒さんの勉強になるだろうな」と思うことがよくあった。
でも、そう意図して準備すると,実はよくないんだよね。
楽しんだけど,なんとなく冷めた感じになったりする。
思いっきり笑ったりして、楽しむ、というのがいいんだよね。
今年はどんどん音楽で笑ったり泣いたりできたらいいなあ。
あ、そうだ思い出した。
今年の抱負。アレクサンダーテクニークの実習生レッスンをする。
抱負っていうのかな、これ。
ちょっとちがう?
まあいいや。
思い出した,とか言ってる段階で、なんかね。
やるんです。もちろん。
なので、生徒さん募集しますよ〜。
よい1年になりますように!
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楽しい、って思える♪
http://coconutsmu.exblog.jp/21971935/
2015-12-24T22:52:58+09:00
2015-12-24T22:52:58+09:00
2015-12-24T22:52:58+09:00
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こどものレッスン
クリスマス会でした。
隠れ家のような小さな喫茶店をお借りして、
ピアノ,歌,ベルで演奏したり、みんなで歌ったり。
そしてできたてのシフォンケーキ!
今年で3回目。
もともとは「発表会に出ない生徒さんにも、演奏のチャンスを」というお話から始まりました。
趣味で声楽を習っている方とか,大人のピアノの生徒さんとか、
「発表会」に出るのはちょっと・・・・という方もいらっしゃるので。
発表会みたいに、きっちり進行するわけではない、お楽しみ会なんですが
今までの2回は緊張感があって、余裕があまりなかった。
楽しいことは楽しいんだけど,私は終わるとちょっと疲れてました。
今回は・・・なんだかただ楽しかった。
もちろん進行はきちんとしていきたいと思ってましたが、
「ちゃんと」がなかったみたい。いい感じにゆるい進行でした。
でも時間配分はばっちりだったし、
演奏を静かに聞いて,お茶の時はにぎやかにおしゃべりして。
みんなで歌ったとき、みんなよく声がでて、ちゃんとハモれたのもうれしかった。
なぜか1曲演奏が終わるたびに、子どもと一緒にいちいち私もおじぎしてた。
ちょっと変だよそれ、って自分でも思ったけど,
なんだか一緒にお礼がしたくなってしまって。
最後にみんなで歌ったときも、
「こういう場所で声が響くって、いいね〜〜〜〜」と一人で満足に浸ってしまった。
特に,子どもの声が響いてくるのって,最高です。
天使の歌声って、ほんとにそう思う。
いや、訓練されたソプラノとかではないんですよ。
私のピアノの生徒さんたちは、発声練習とかしてないので。
どんなふうでもこどもが歌う声って、かわいい。
3回つづけさせてもらって、私としては何か1つ,
花がひらいたような気がしています。
また来年も,ぜひやらせていただきたいなあ。
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今日は冬至。
http://coconutsmu.exblog.jp/21958009/
2015-12-23T00:05:33+09:00
2015-12-23T00:05:34+09:00
2015-12-23T00:05:34+09:00
e-t-pf
アレクサンダーテクニーク
3つのアセスメント終了後、第3段階のための説明を受け,面談終了、
ようやく、アレクサンダーテクニーク教師として、
教えることに扉を開く準備にすすむことになりました。
と言っても・・・
アセスメントで浮かび上がった課題は、まだまだ自分にとっては大きなもので
考えたい、向き合いたい、そのために時間をかけたい。
と思っています。
そして来年には,実習生レッスンをスタートさせますが
「アレクサンダーテクニークを教える」という言い方は,
実は自分にとっては少々違和感があります。
「教える」という言葉で、でてくる習慣的な考えがあるらしく・・・
今,どんなふうに考えるといいのか、いろいろ思案中です。
例えば
「やりにくいことを、やりやすく。やりたいことを、できるように。」
どうすればそれが実現できるのかを、アレクサンダーさんは考え実験し、方法を見つけました。
やりたいことをしたいのに。なぜできないのか。
自分のすることなのに、なぜ思った通りにいかないのか。
それは、自分という人間、人間という存在が、自分が思っている以上に複雑だから。
実は想像以上に複雑なことができてしまう、人間という存在。
それは、想像以上に可能性も秘めている、ということだと思うのです。
可能性は、あぶない冒険ではありません。
可能性を信じて試すことは、こわいことじゃないんだよ、ということを
レッスンを通じて体験してもらえたらいいなあ。
と思ってます。
今日は早く日が沈む日。
アフリカンダンスも、年内最後のクラスでした。
昨日の夕焼けがきれいで、写真撮ってみました。
ピアノのレッスンに来た生徒さんも、
終わって外に出たときに「きれい〜〜!!」と大喜び。
「ママ、携帯貸して〜」と言って、写真を撮っていました。
小1なんだけどね。スマホを操る手際の良さがすごい。
明日はピアノ教室のクリスマス会。
明後日、ボディチャンス年内最後のクラス。
さあもう少し。がんばろ〜。
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ちょっとだけ
http://coconutsmu.exblog.jp/21899041/
2015-12-05T23:30:38+09:00
2015-12-05T23:30:41+09:00
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アレクサンダーテクニーク
一番荷の重かった課題をやっと提出。
アレクサンダーさんが、どうやって出なくなった声を取り戻し、
声が出なくなるというトラブルから解放され、
いろいろなことがやりやすくなるという応用がきき、
脳梗塞を起こしても、回復が可能だったのか。
(あの時代で、ってつくづくすごい。
まだリハビリとかも、それほど進んでなかったなじゃないだろうか)
「自分の使い方」というタイトルで出ている本の最初の章に
その成り行きが書かれているのですが
その内容をまとめるのに苦労したわけです。
ほんとに苦労した。
ほんとに。(しつこい。)
だって難しいんだもん!
何が、というと
説明がややこしいんです。
アレクサンダーは、自分が何をしてるか観察して,
どうやらこれが声が出なくなる原因らしい、ということを見つけて
じゃあどうすりゃいいんじゃ、と実験を繰り返し
「しなくていいことをやめる」という
字に書くとあまりにもシンプルな結論に至ったわけですが
これがね〜、そう単純な話じゃない。
やめればいいんだ〜そうなんだ〜ちゃんちゃん、とは行かない。
それが「できてるかどうか」わからない。
自分で自分がしてることを評価するのに,自分の感覚が信用できない、
ということに気づいたから。
どういうことでしょう。
感覚は常に身体の中を行き来していますが
自分の意識に「感じ」として上がってくるのは、そのごく一部。
しかも、ほぼ「解釈された認識」で、実はねつ造も多いそうです。
(最近は脳科学などでかなり詳しく調べられているそうです。)
つまり、「こんな感じ」は、自分の状態の正確な情報ではない。
その事実に気づいたアレクサンダーさんは、途方に暮れました。
「自分がしていることを、どうやって評価すりゃいいんだ!」
そこから苦労してなんとか確認方法を編み出しますが、
その実験の過程が描かれている部分がまあ、読みにくい。
でもなんとかまとめた。
最後はもう息切れして「もう限界だ」と思って提出しちゃった。
だから、終わりにいくほど、文体が雑。ぶっきらぼう!
あ〜疲れた。
踊りたいよう。
でもほっとした。
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欠けていたピース
http://coconutsmu.exblog.jp/21859957/
2015-11-23T00:42:20+09:00
2015-11-23T00:42:20+09:00
2015-11-23T00:42:20+09:00
e-t-pf
ジェベバラ。アフリカの智慧
先生がダンスクラスをするので、ドラマーとして同行。
そこで太鼓のクラスをさせていただきました。
何をしたらいいのかな、と考えてみて
私が最初に受けたジンベクラスの内容を、ということを思いつき
先生に相談するとGOサインが出ました。
ではその線で。ということでやってみました。
はじめに教わったことは、ジンベの3トーンと、その練習方法。
腕の振り、自分でリズムを声に出していう、つまりくちドラム。
それから「ファンガ」というリズムで、
ジンベでアンサンブルするための、基本的な構造を体験しました。
「ファンガ」はジンベを叩くバマナ族の伝統的なリズムではありません。
なぜトラディショナルではないのか。ちょっと考えてみました。
外国語を習うことに例えるなら,
まず挨拶の簡単なやりとりを覚えて、言ってみることで,
発音はつたなくても「話すことが出来た」体験をするような感じ?
自分の音と人の音がどんなふうに関わり合うのか、
それがどんなふうに「会話」になっていくのか。
太鼓の音でコミュニケーションが成立する体験ができる。
導入として、それをしておくことで、
太鼓を叩くときのマインド(心持ち)について、伝えておくことができる。
という意味があったのかな、と思いました。
トラディショナルのリズムは,全くの異文化、未知の外国語ですから、
はじめのうちは「意味も分からず」叩くことになります。
当然,コミュニケーションにはなりません。
伝わっているのかどうか,わからない、ということです。
相手が伝えたいことを受け取っているかどうかも,わからない。
外国語でやりとりがスムースにできるようになるには、どれくらいかかるでしょう。
発音できるようになり,聞き取れるようになるには。たくさん時間がかかります。
私は
「トラディショナルのリズムは、そういうコミュニケーションの性質がある。」
ということを、はじめに教わってあったので,
その後トラディショナルのリズムを習うときも、
アンサンブルがちゃんと「しゃべれる」ようになるまで、
時間をかけて練習するのは当然なんだ、と思えました。
外国語をオウム返しするだけで、意味はわかってない。
という状態から
少しずつ意味が身体に入ってきて,言いたいときに言えるようになる。
ところまでくるのは、やっぱり簡単ではありません。
そうやって少しずつ、
トラディショナルのリズムが叩けて踊れるようになると、
外国語が話せて世界が広がっていくように、新たな世界が開けていきます。
そうやって自分が少し広がった時,可能性を感じることができます。
それはすごく、嬉しいことです。
さてやっとタイトルです。
私はピアノを専門としてやっていますが、
ずっと何か「足りない」感じをかかえたまま、音楽をやっていました。
ピアノ好きだし,教えるのも楽しいけど、なんとなく何か足りない。
それが、ジンベクラスを受けたときに、欠けていたところに何かが入ってきて,
「はまった」感じがしました。
それは、この「可能性を感じられた」ということだったのかもしれません。
いつも、ジンベクラスのあとはピアノを弾きたくなります。
今でもそうです。
太鼓をやるか、ピアノを弾くか,とはならなかったのです。
太鼓を叩くと,ピアノを弾きたくなる。
なので、今でもピアノを教えつつ,太鼓を叩き,踊っているわけです。
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