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おんがくノート。忘れちゃうからメモっとこ。

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欠けていたピース

仙台に行ってきました。
先生がダンスクラスをするので、ドラマーとして同行。

そこで太鼓のクラスをさせていただきました。
何をしたらいいのかな、と考えてみて
私が最初に受けたジンベクラスの内容を、ということを思いつき
先生に相談するとGOサインが出ました。
ではその線で。ということでやってみました。

はじめに教わったことは、ジンベの3トーンと、その練習方法。
腕の振り、自分でリズムを声に出していう、つまりくちドラム。
それから「ファンガ」というリズムで、
ジンベでアンサンブルするための、基本的な構造を体験しました。

「ファンガ」はジンベを叩くバマナ族の伝統的なリズムではありません。
なぜトラディショナルではないのか。ちょっと考えてみました。

外国語を習うことに例えるなら,
まず挨拶の簡単なやりとりを覚えて、言ってみることで,
発音はつたなくても「話すことが出来た」体験をするような感じ?

自分の音と人の音がどんなふうに関わり合うのか、
それがどんなふうに「会話」になっていくのか。
太鼓の音でコミュニケーションが成立する体験ができる。
導入として、それをしておくことで、
太鼓を叩くときのマインド(心持ち)について、伝えておくことができる。
という意味があったのかな、と思いました。

トラディショナルのリズムは,全くの異文化、未知の外国語ですから、
はじめのうちは「意味も分からず」叩くことになります。
当然,コミュニケーションにはなりません。
伝わっているのかどうか,わからない、ということです。
相手が伝えたいことを受け取っているかどうかも,わからない。

外国語でやりとりがスムースにできるようになるには、どれくらいかかるでしょう。
発音できるようになり,聞き取れるようになるには。たくさん時間がかかります。

私は
「トラディショナルのリズムは、そういうコミュニケーションの性質がある。」
ということを、はじめに教わってあったので,
その後トラディショナルのリズムを習うときも、
アンサンブルがちゃんと「しゃべれる」ようになるまで、
時間をかけて練習するのは当然なんだ、と思えました。

外国語をオウム返しするだけで、意味はわかってない。
という状態から
少しずつ意味が身体に入ってきて,言いたいときに言えるようになる。
ところまでくるのは、やっぱり簡単ではありません。

そうやって少しずつ、
トラディショナルのリズムが叩けて踊れるようになると、
外国語が話せて世界が広がっていくように、新たな世界が開けていきます。
そうやって自分が少し広がった時,可能性を感じることができます。
それはすごく、嬉しいことです。

さてやっとタイトルです。
私はピアノを専門としてやっていますが、
ずっと何か「足りない」感じをかかえたまま、音楽をやっていました。
ピアノ好きだし,教えるのも楽しいけど、なんとなく何か足りない。
それが、ジンベクラスを受けたときに、欠けていたところに何かが入ってきて,
「はまった」感じがしました。
それは、この「可能性を感じられた」ということだったのかもしれません。
いつも、ジンベクラスのあとはピアノを弾きたくなります。
今でもそうです。

太鼓をやるか、ピアノを弾くか,とはならなかったのです。
太鼓を叩くと,ピアノを弾きたくなる。
なので、今でもピアノを教えつつ,太鼓を叩き,踊っているわけです。
by e-t-pf | 2015-11-23 00:42 | ジェベバラ。アフリカの智慧