さて教える練習の顛末は

ATの第2段階では、クラス中に「教える練習」ということをしますので
6月くらいから,挑戦しておりました。
9月は息切れしてしまい、昨日から10月というタイミングで
無事?復活。

今まで自分が「教える」ときにしていた、
本当はしなくてもよかったことが、徐々に見えてきました。
これはなかなか、歓迎しにくい体験です。

自分のことについて(動きとか、考えとか)レッスンするのとは、また違うんですよ。
自分のことなら、まあそんなにね。

それが、教えることとなると、違和感も動揺も、まったく深さが違うというか。
自分一人のことではなくて、相手(生徒さん)に関わることだからなあ。
「余計なことしてたんだなあ」と分かったときは,ショックなんです、やっぱり。

(一応解説を試みますと
余計なこと,というのは実際にレッスンで生徒さんに対してやっていたこと、というよりも
教えるときの自分の状態についてです。
自分の状態がどうかで、その先の行動の質が大きく変わるわけなので,
生徒さんにも影響は当然あるわけですが、それは間接的に起こることです。
生徒さんに何を言ってたか,というより、どう言ってたか、みたいなこと。)

そして、その余計なことがない状態の体験も,ショックです。
これじゃあ、私なんにもしてない気がする。
今まで教えるときは、自分余計なことだらけだったの?!
まあそういうことだったんでしょうね。

ATの「教える」は、違うなあ、と思うわけです。
じゃあもう、何にもしないもんね!なんて開き直るのとも違うし。
間接的、ということがちょっとずつ、分かってきた感じ。

顛末,と書きましたが,練習はまだまだ続きます。

私としては,まだまだ実際に生徒さんとレッスンするよりも、
アレクサンダーさんの発見について理解をする方に興味があるんだな。
ということもはっきりしてきたので。

まあ、こうやって自分が徐々に変化していくことで、
当然自分がすること全体は変わっていくので。

すでに、ピアノのレッスンは大きく変化しています。
それでいいや。
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by e-t-pf | 2015-10-02 11:51 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(0)  

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