心配するのをやめてみた

今日は、ピアノを弾いてるこどもの隣で、自分もレッスン状態。
「生徒の演奏を聴く」アクティビティ、一度やったことがありました。

実践です。
今日の生徒さん。バイエル22番。
家ではまったく弾かない子なので、
片手は初見でなんとかなっても、両手は難しい。
なので今日も、片手からです。

片手で1回ずつ弾いてから、聞いてみました。
「これを両手で弾いてみたいか、次の曲にすすみたいか。どうする?
 両手で弾くのは正直やりたくないと思ったら、それでいいからね」
「・・・両手で弾きたい」
「じゃ、やってみよう!ゆっくりでいいからね」

ゆっくり、弾き始めました。
ここからは、私のレッスンでした。

隣で聞きながら、心の中に、「心配」が出てきます
「弾けなくなったら、どうやって注意しよう」
まだ失敗してないうちから、
うまく行かないことを、想像しているんです。
『弾けるだろうか』と思いながら、はらはらして聴く、
という状態は、普通にあることです。
安心して聴いていられる演奏ではないのは、当たり前。
だと思ってましたが、

「心配しながら聴く」のをやめてみました。
安心も心配もしない。
鳴っている音を聴く。(いつもの「聴く」とは違った感じ。)
楽譜を見て、次の音の準備を心の中で、ゆっくりやる。
(私が、するんです。弾かないけど)
それを、ていねいに、味わいながらやるようにしていたら、
生徒もゆっくりと、一つ一つ、確認しながら弾いていきます。
あまり、ミスはしません。
わからなくなっても、止まって確認。
わかったら一つ、弾きます。
私は何も言わないのに、自分で進めていきます。
ものすごく、ゆっくりだけど、進んでいきます。

こういう弾き方は、流れがなくなりそうですが、
不思議とそうはなっていません。
たぶん、録音して早送りで流すと、けっこうきれいに音が繋がっていくのでは。
「意識」は流れ続けている感じ。

そして、弾き終わりました。
16小節。なんだか「弾ききった」充実感が。
聴いていても、充実感が。

私の状態が、生徒にどう影響していたか(いなかったか)
は、わかりません。

が、「心配しながら」聴く、ということが当たり前になっている、
ということに気がつけたのは、よかった。

しかし、家で練習すれば良いのにねえ。
ふと思いついて聞いてみました。

「帰ったらいつも、なにするの?」
「宿題とチャレンジ(通信学習)。」
「ピアノは?」
無言。さすがに「やらない」とは言いにくい。

「じゃ、ピアノも宿題だすね。
 帰ったら、すぐにピアノの本とノートを出す。出すだけでいいからね。」

「出すだけなの?」
「そう。ちょっとの時間でできることにしたいから。できそう?」
「ふーん。うん、できると思う」

靴を履くとき、もう頭の中は次のことに切り替わっているようでした。

確認
「帰ったら、なにするんだっけ」
「宿題」
「チャレンジもやるの?」
「うん」
「えらいねえ。ピアノの本を出すのは?」
「あ、そうか。それもやる」
「じゃあ、言ってみようね。帰ったら、ピアノの本を出す」
「帰ったら、ピアノの本を出す」
「はい。帰ったらやってね」
「はい。ありがとうございました」

さあ、どうでしょう。
あ、また心配してる。
「大丈夫かなあ」と・・・まあ浮かぶのは仕方がないね。
また善処することにしましょう。


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by e-t-pf | 2011-05-16 22:46 | アレクサンダーテクニーク | Trackback | Comments(1)  

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Commented by かめ at 2011-05-18 07:37 x
はい。アウフタクトちゃんと数えてやってます(゚ω゚`)ノ

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